ルミドゥースベルのため息(リオヌヴィSS)
前回のお話➡涙雨に傘
※フォンテーヌの物産や文化を若干捏造してます。
ろくに読み返してないので文章が変な所多いと思います。ご了承ください。
フォンテーヌのお花にだけ花言葉があるの、なんかいいですよね。
今回はヌヴィレットさん視点です。
公爵はヌヴィレットさんの周りを自分のプレゼントで埋め尽くすタイプの重い男だと思ってます。
「…ヴィレットさん…!ヌヴィレットさん!」
「…すまない、セドナ。何だろうか?」
セドナの呼び掛けにハッとして顔を上げる。この国の最高審判官であるヌヴィレットは少々ぼーっとしていた。
「もうヌヴィレットさんったら!最近多いですね。何かありましたか?」
「いや…大したことじゃないんだ。気にしないでくれ」
「そうですか?何かあったらすぐ言ってくださいね」
「ああ、ありがとう」
そう言ってセドナは紅茶を机の上へと置くと自身の職務へと戻るべく、執務室を後にした。
常のヌヴィレットであるならば仕事中に呆けるなどあるまじきことだが、近頃そうするのには訳があった。
数日前の小雨が降っていた日のことを思い出す。審判が終わり、諸々の事柄を片付けた後歌劇場を出ると、扉を出た先ーー階段を降りた先にはメロピデ要塞の主こと、リオセスリ公爵が傘を差してヌヴィレットを待っていた。
それだけならばよくある事なのでヌヴィレットもあまり気にしてはいなかった。……というのは少し嘘で、本当は彼がヌヴィレットに傘を差すようになってから少しばかり、何故そんなことを私にするのか、と気になっていた。
リオセスリとの付き合いももうかれこれ数年になる。初めて出会った日から換算すれば、もう彼の人生の半分以上からの付き合いということになるが、要塞の中の囚人だった頃の彼を詳しく知っている訳ではないのでヌヴィレットが知っているのは必然と刑期を終えてからの彼ということになる。何せ当時のメロピデ要塞の領主は水の下である特殊性を活かしてあまりこちら(水の上)へ報告を上げなかったので、リオセスリが統治するまで要塞内の事はほとんど放し飼いのような状態だったからだ。それが今やリオセスリの統治下となってからは目を見張るほど治安が改善したし、囚人たちから恨まれやすいヌヴィレットでも出入り出来るようになるほどになった。リオセスリは単純な喧嘩の腕も然る事ながら、頭の回転も早く、指導者としての資質もあった。彼のような人間があのような囚人の地を治めてくれたことは、ヌヴィレットにとって幸いと呼ぶ他ないだろう。
ヌヴィレットの目線の高さほどの少年だった彼が、今や背丈も変わらぬほど――むしろヌヴィレットよりも大きくなり、この国で最も荒れた場所を治め、公爵という爵位を手にし、この国を支えてくれている。それはヌヴィレットにとって非常に喜ばしい事である。あるのだが、ここ数年ーー厳密に言えばヌヴィレットにとって異例中の異例である個人的な付き合いというものをリオセスリとするようになった辺りから、彼はとある行動をするようになった。
雨が降る日にヌヴィレットに傘を差すようになったのだ。
それ自体はさしたる行動ではない。人間社会では雨が降れば傘を差すものだと、数百年もフォンテーヌで生きていたら必然的に理解するものだし、傘を持たない人に気遣いで傘を差し出すのも理解出来る。ただヌヴィレットは雨に濡れるのが好きだった。それが人間社会に馴染まない行為だとしても、わざと傘を差さないようにしていた。
過去数百年間でヌヴィレットに傘を差す者は何人か現れはした。しかし皆、ヌヴィレットが迷惑そうにすると傘を引っ込めることがほとんどであった。
しかしリオセスリは違った。ヌヴィレットが迷惑そうにしていてもお構い無しに傘を差し続けた。人気がない時は時々は差さないでいてくれたが、街中を歩く時は必ず傘を差した。それが世間の目を気にしたものだということは分かっていても、怠ることなく傘を差す様はある種の献身のようにも見えた。
そんな日が幾度も訪れたある日、とある孤児院出身の少年が誘拐に合う事件が起きた。それは非常に痛ましい事件で、被害にあった少年の遺体には様々な暴行の痕が残っていた。遺体が発見されてから暫く犯人は見つからなかったものの、次の犯行に及ぼうとした時偶然近くを通った特巡隊に見つかり、確保という形に至ったのだ。
孤児院や炉端の子供ばかりを狙う卑劣な行為。残念なことに子供をターゲットとする犯罪は決して少なくはない。年に必ず数件発生するものだ。
それでも、とヌヴィレットは思う。時代も背景も関わった人間も違うが、親に捨てられ孤児院に拾われ、その親を殺したという罪を背負った男を。
あの頃まだ彼はリオセスリという名前ではなかった。もっと覚えやすい短い名前だった。だが何故彼がそれを捨てて覚えにくいような長い名前にしたのか、ヌヴィレットは知らない。これまでの付き合いで本人から話そうとしたことはないし、ヌヴィレット自身も知ろうとはしなかった。大方の予想で、過去との決別が理由なのではないかと思っているくらいだ。
そんな彼も一歩間違えれば、あの時罪を背負う覚悟をしなかったら、此度の事件で亡くなってしまった少年のように、人の欲望の捌け口として扱われていただろう。そんな未来が子供の頃の彼の目の前に当たり前のようにぶら下がっていたのだ。
彼がそれらを全て自らの手でそれらを壊したからこそ、彼はメロピデ要塞の主となり、フォンテーヌの公爵の爵位を得られるようになったのだ。ただの幸運ではなく、彼は自らの手で掴み取った。
ヌヴィレットはその過程をずっと見守るだけだった。国の公平として君臨する自分が出来ることは、彼が行く末をただ見守るだけだった。近づきすぎてはいけない。手を伸ばしてはいけない。ただどこまでも一定の距離を保って見るだけ。それだけが自分に許された行いだったはずなのに。
『あんたが好きだ』
あの小雨の降る日、突然彼からそう告げられてもう三日が経った。あの後リオセスリが傘を差す中、並んでパレ・メルモニアへ帰ったことは覚えているが、道中何を話したのかさっぱり覚えていなかった。ずっと頭の中を『好きだ』という言葉が反芻する。今までも幾度となく聞いてきた言葉だというのにまるで理解が出来ないようだった。
人間たちから好意の言葉を聞くことはあまりなかった。ヌヴィレットを賞賛する言葉は耳にしても、メリュジーヌたちのように親しみの意味で好きだと言われたことはなかったのだ。
はたして彼の言う『好き』はメリュジーヌたちと同じ気持ちだろうか。
それにしてはかなり緊張感があった。まるで追い詰められるような苦しさがその言葉にはあった。
(伝えること自体が罪の告白のようだ...)
実際に法廷に立つ罪人が「実は...」と口にするそれによく似ていたように思う。なればこそ、リオセスリの抱く感情というのは罪に値するものなのだろうか。罪に問われるほどのものだろうか。
(否...)
そうではない。告白をするだけで罪に問われるなら、この国の多くの人間が罪人となっているだろう。では多くの場合では罪ではないのだ。
つまり、リオセスリの中でだけ「好きだ」と告白することが罪になっている。それもヌヴィレットに対してのみに。
(私も彼のことは特別だと思っている…。公平を保つ身として有るまじきことだが…)
リオセスリの罪の意識はどこから来るものなのだろうと思考を巡らせる。人を好きになることで罪を犯す者はたくさん見てきたが、リオセスリのようにその感情を持つことが自体を罪だと言外に伝えられるのは初めてだった。
(…きっと私の知識が至らないのだ。次に会う時彼に尋ねよう)
彼が教えてくれるといいが。そう打ち切ってヌヴィレットはペンを握り直し、手元の書類仕事へと打ち込んだ。
•·················•·················•
「ヌヴィレット様」
コンコンと二回ノックが響いた後、声を掛けられた。
「入りたまえ」
入ってきたのは共律官のイメナだった。その手には青いリボンの包装の施された正方形の箱がある。
「こちらリオセスリ公爵様から贈り物です」
「リオセスリ殿から?」
「はい!可愛らしい梱包ですね」
そう言う彼女からプレゼントを受け取る。
机の上で水色のフリルのリボンを解き、青い包装紙を開く。現れた白い箱には金箔でメーカーの名前が掘ってあり、それはフォンテーヌでも歴史ある陶磁器店の名前だった。
その名前を見てイメナも中身が高価な陶器であることがわかったのだろう。目が早く開けてください!と輝いている。
その期待に答えるようにヌヴィレットは蓋を開けた。中に入っていたのは、白をベースに青と金が差し込まれたティーカッブとソーサーだった。
ヌヴィレットは同梱されていた封筒を手に取り、便箋を取り出す。
親愛なるヌヴィレットさんへ
日頃世話になってるあんたに何か贈りたくて、モーメントアグリーブルにお願いしたんだ。二つ作ったから、一つはあんたに。
ーーリオセスリより
「わぁ...ティーカップの贈り物なんて素敵ですね」
イメナは目をキラキラとさせながらヌヴィレットの手元を覗き込む。その目線を追うようにして、ヌヴィレットもカップへと視線を落とし、手紙と箱をデスクに置き、両手でカップを持ち上げてみた。白は乳白色でツヤがあり、青が描かれた絵柄はよく見るとルミドゥースベルの花だった。そしてカップの縁に金のラインが施されており、その繊細な造りからかなり値の張る物だろうことは想像に容易かった。
「ルミドゥースベルの模様なんですね、オシャレだなぁ。でもカップ一つだけなんですね。ヌヴィレット様は相手にティーカップを贈る意味、知ってますか?」
「…いや、知らない。どういう意味があるんだ?」
「たしか意味は色々あるんですけど、今みたいに一つだけの場合だと”あなたの日常に寄り添いたい”って意味ですよ!たしかに公爵様とはずっとお仕事でやり取りされてらっしゃいますもんね!」
イメナはハツラツとしながら意味を教えた。ヌヴィレットは今一度手元のカップに視線を落とす。リオセスリはその意味をわかっていて贈ったのだろうか。
「あ、長々とお邪魔してすみません!仕事に戻ります」
「ああ、ありがとう」
イメナはそう言うと執務室の扉向かって部屋を出ていった。ヌヴィレットは改めてカップを見る。
実に精巧な造りである。リオセスリは二つ作ったと手紙に書いていた。つまりもう一つは彼の元にあるのだろう。
リオセスリがオーダーメイドで造らせたお揃いのティーカップ。オーダーメイドならきっとこのティーカップに描かれたルミドゥースベルも彼が指定したものだ。
(ルミドゥースベルの花言葉は「離別」。…そして「再会への願い」)
そしてティーカップを一つだけ贈る意味。
「…はぁ…」
ヌヴィレットは思わずため息が漏れた。なんというか、彼はあざとい。子供の頃は他人を寄せ付けないよう周りを氷の壁で覆うような子であったのに、大人になってから、歳を重ねるごとに段々あざとくなっていく。それは現在進行形で更新中だ。。先日の告白を受けたあの日でさえ、彼から散歩に誘われたのだ。しかも自分な方が低い段差にいることを利用して上目遣いなどしてきた。あれは非常にずるいと感じた。
このティーカップはつまり彼の分身代わりに贈られてきたものだ。そしてそれに込められたメッセージはこう。
『早くあんたに会いたい』
もちろん純粋に紅茶を楽しんでほしいという意味も込められているだろうが、彼がそれだけの為にピンポイントでルミドゥースベルの絵柄を指定したりなどしないだろう。
フォンテーヌでこういった贈り物をする時は大抵描かれる花はマルコット草かレインボーローズであることが多い。「別れ」を意味するルミドゥースベルはあまりポピュラーとは言い難いのだ。陶磁器職人が指定もなしにルミドゥースベルを描くとは到底思えないので、必然的にリオセスリが描かせたものということになる。
『好きだ』と告げた時は、まるでもう二度と会わないとさえ決意していそうな声音だったのに、彼の感情は一体どのように揺れているのだろうか。
(すっかり…振り回されている)
だがそれも悪くない気がした。ヌヴィレットにとって彼は特別に値する存在なので、その彼が自分に対して何かアクションを起こしてくれることは素直に喜ばしい。
ヌヴィレットの長い生の中でこういった人間が現れるのは本当に稀なことである。しかし人間という生き物は儚い。長く彼らと共に生活して、やっと時間の感覚を掴めるようになってきたヌヴィレットではあるが、ふとすれば彼らはあっという間に死んでしまっている。別れというものがヌヴィレットの中では非常に短期間で訪れるものなのだ。
いくらそれらを悲しんでも自然の摂理というものは変えられない。あまり悲しみを引き摺らず、思い出として美しく消化するのが賢い行いだ。
ヌヴィレットはカップの入っていた箱からセットのソーサーも引き出し、デスクに置く。その上にカップを乗せて、紅茶を淹れる用意を始めた。
これはリオセスリの分身。ヌヴィレットの傍へ寄り添ってくれるもの。
人間に与えられた時間は多くはない。ならばヌヴィレットはあとどれくらい彼と共にいられるだろうか。
(私も君に会いたい。リオセスリ)
とくとくとキャラメル色の紅茶が美しい白磁器に注がれる。執務室の大きな窓から覗いた午後のフォンテーヌは、澄み渡るような青空が広がっていた。
